働けない時の保険である「就業不能保険」は、保険業界でもここ10年ほどで急激に拡大してきたマーケットである。
従来、生命保険では長らく「死亡」と「入院」、そして「貯蓄」にフォーカスしてきた商品が多かったが、昨今の医療技術の進化により、昔なら「死んでいた」ような病気・怪我でも助かるようになり、それ自体は喜ばしいことなのだが、結果、何かしらの障がいが残ったり、もしくは
「完治はしないが、死にもしない」
という状態が長い間続くようなケースが増えている。
つまり、このような状態になると「働けない」ため、命は助かった(もしくは何とか生きていられる)が、経済的に厳しい状態になる可能性がある。
このようなリスクをカバーするものとして、就業不能保険が出てきたわけだが、これなかなか難しい。
保険のプロでも、この分野をしっかり理解出来ている人は少なく、大まかに「働けない時の保険です」などと説明して、茶を濁している営業マンも多い。
何故なら「働けない」ということは非常に定義が難しく、何をもって働けないか?という点は個々人の考え方によってかなり変わるからだ。
なお、まず大前提から言えば「働けない」というのは、職業に限定されず「どんな仕事も出来ない」という意味である。
そのため、
歯科医師が手の怪我をしたので、以後、歯科医師のとして働けない
とか、
パイロットが視力が落ちたため、仕事を続けれない
というようなものは対象外。
この点、勘違いしている人が多いので、まずご理解頂きたい。
では「働けない」の定義とは何か?
1 「働けない」の定義を理解しよう!!
就業不能保険を理解するには、まずこの「定義」を知る必要がある。
保険会社各社、この「定義」に頭を悩ませるのだが、現在、販売されている商品では以下のような基準を設けているところが多い。
1 障害等級1級、2級:ほとんど各社共通
2 障がい者手帳3級以上:一部の保険会社
3 要介護2以上:一部の保険会社
4 入院中+医師の指示による自宅療養:一部の保険会社
5 特定の病気(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、肝硬変、慢性腎不全など)で60日以上入院(自宅療養含む)した場合:あんしん生命など
6 がんと診断+心疾患、脳血管疾患で手術 or 5日以上の入院:T&Dフィナンシャル生命など
7 保険会社の独自基準:各社
1の障害等級1,2級は基本的にはどの就業不能の商品でも設けられている基準で、最も分かりやすい。
障害等級1級、2級となると、日常生活にかなりの支障をきたすので、文句なく「クリア」ということになる。
また、障害等級1,2級の方が、障がい者手帳3級以上を交付されることが多いので、これも似たような基準となる。
商品によって、基準が「障害等級1,2級」だけのものもあれば「障害等級1,2級+障がい者手帳3級以上」としているものもあるが、後者の方が「やや親切かな」という程度の違いである。
3の要介護2以上も、一部の保険会社で見られる基準。
以上3つは公的制度であり、極めて明確な基準である。
保険会社としても
「公的制度の◯◯(障害等級、障がい者手帳、介護制度)に該当したら払いますよ」
ということで、非常に説明しやすいものだ。
だが、実際にはこれらの基準をクリアしていなくても「働けない」という状態がある。
それが、4の入「院中+自宅療養」
がんなどで、入退院を繰り返しているような場合、公これに該当する。
この基準は「採用している会社」と「していない会社」にくっきり別れるのだが、これは次項の「いつまで払う?」にも関係するため、ここでは一旦スルーしたい。
そんな基準もあるんだな、という程度で覚えておいて頂ければ結構だ。
5と6に関しては特殊で、特定の病気(3大疾病、5大疾病)などについて、「60日以上入院したら」、「5日以上入院したら」、「手術を受けたら」というような基準を設け、それをクリアした場合に「就業不能状態」と認定し、給付金を支払うのだが、このような条件を設けている会社はかなり少数である。
また、かなり条件が良い(払われやすい)ので、保険料が「相当高くなる」傾向がある。
本件に関しても後半の「がんと就業不能」にて解説したい。
最後の7「保険会社の独自基準」だが、これは各保険会社が「うちはこの条件でも支払いますよ」ということを打ち出すためのもので、わりとその会社ごとの「色」が出る。
例えば、体の各部位の障がいを「点数化」するようなものもある。
手が動かなければ何点、足の指が欠損していたら何点、というような形で加点をしていき、ある点数を超えたら「支払う」というもの。
一つ一つの障がいは障害等級2級以上(もしくは障がい者手帳3級以上)に認定されなくとも、その数が多い場合には「総合的に判断しましょう」ということ。
但し、実際問題として「そのような事例がどれほどあるのか?」と言うと疑問で、正直、これらの独自ルールに該当して払われたケースはかなり少ない。
保険会社の自己満足的なところもある。
以上が「働けない」の定義と基準になる。
次に重要なのは「いつまで払われるのか?」という点である。
2 給付金はいつまで払われるのか?
「いつまで払われるって何?」と思われるかもしれないが、これは大きく2つの商品タイプがある。
1 「働けない間だけ」払う:「働けない間だけ」タイプ
2 一度認定されれば、契約満了(65歳までなど)まで「ずっと」払う:「ずっと」タイプ
1のタイプは、文字通り「働けない間は給付される」が、実際に職場復帰した場合には「給付は止まる」
まさに「働けない間のお給料の補填」であり、一般的な就業不能保険のイメージに近いだろう。
但し、このタイプの保険でも障害等級1,2級(もしくは障がい者手帳3級以上)の時だけは、「働いていても」給付が続くようにしているものが多い。
障害等級1,2級となると、それは軽くないハンディキャップであり、働けていたとしても給与の上限は限られるだろう、という配慮からだろう。
対して2のタイプでは、保険会社の設けた基準を一度でもクリアすれば、その後、職場に復帰して仕事を続けていたとしても、契約時に約束した時期(65歳など)までは毎月給付をしてくれる。
なお、先の「働けないの定義」において、
4 入院中+医師の指示による自宅療養:一部の保険会社
を基準としている会社があると説明したが、これが適用される商品は「働けない間だけ」タイプの商品である。
と言うのも、「ずっと」タイプの場合、一度「払う」と決定すれば継続して給付金を支払うので、商品そのものに「働き始めたら給付をストップする」という機能がない。(会社としてそのようなチェック体制がない)
そのため、入院や自宅療養程度で「払って」しまうと、その後も給付が続くことになり、かなりオーバースペックとなってしまう。
また、こんなことくらいで継続的に給付すれば(保険会社が大きなお金を払う)、それは保険料にも反映されるので「ものすごく高く」なってしまう。
だが、「ずっと」タイプの中にも、入院や自宅療養を対象にしているものものある。
例えば、T&Dフィナンシャル生命の
T&Dフィナンシャル生命 働くあなたにやさしい保険2 ★★★☆☆
は、がんと診断されただけ、脳血管疾患、心疾患では「手術 or 5日以上の入院」で「ずっと払う」し、あんしん生命の
あんしん就業不能保障保険
では5疾病で60日以上入院(自宅療養含む)をすれば「ずっと払う」
契約者からすれば、かなり条件が良いが、その分、保険料はかなり高く設定されている。
前項の「定義、基準」と本項の「いつまで払われるか?」という2つには濃厚な相関関係がある。
まとめると以下のようになる。
・障害等級1,2級、障がい者手帳3級以上などの重度の障がいを負った場合は「どちらもずっと払う」
・「働けない間だけ」タイプでは、入院中+自宅療養なども対象になり「ハードルは低い」が、実際に働けるようになると給付は止まる
・「ずっと」タイプは原則的には入院、自宅療養は対象外。そのため「ハードルは高い」が、一度該当すればずっと受け取れる
・「ずっと」タイプの中にも、入院や自宅療養が対象になるものもあるが、保険料はかなり高い
なお、保険料の水準としては、以下の順番で高くなっていく。
「働けない間だけ」タイプ (一番安い)
「ずっと」タイプ
基準:障害等級1,2級のみ
「ずっと」タイプ
基準:傷害級1.2級+障がい者手帳3級以上+要介護2以上
「ずっと」タイプ (一番高い)
基準:傷害級1.2級+障がい者手帳3級以上+要介護2以上+入院・自宅療養
3 がんと就業不能保険
ここまで読み、7割がたの方は
「だったら『働けない間だけ』タイプで良いのでは?」
と感じているかもしれない。
がんなどの病気であれば、治療中は給付してもらえるし、治れば仕事に復帰できる。
もし怪我や脳の病気で障がいを負うことになれば、その時は障害等級1,2級で長い間給付してもらえる。
病気や怪我での就業不能保険の目的は、あくまで「収入減を補う」ためであって、
「働けるようになったのであれば、保険からお金を受け取る必要はないよね?」
と。
これはこれで合理的な判断だと思う。
しかし、3割程度は「ずっと」の方が良いと考える方もいる。
その理由としては
「復職出来たとしても病気や怪我で収入が減るかもしれない。ずっと貰えるならその方が良い」
というもの。
これもこれで気持ちは分かる。
だが、「ずっと」タイプの最大のネックは「がんによる就業不能」である。
「ずっと」タイプでは、支払い条件が障害等級1,2級、障がい者手帳3級以上、要介護など「公的制度」に連動しているため、入院中・自宅療養中は「対象外」となる。
がんの場合、がんで入退院を繰り返すような状態になっても、すぐに障害等級や介護認定を受けられることは稀で(肺がんなどで認定されることはあるが)つまり、「ずっと」タイプでは給付されないことの方が多いだろう。
なお、がんでも給付される「ずっと」タイプもあるにはあるが、保険料はかなり高い。
そうなると
・高い保険料を負担して「がん」にも備えるか?
・「がん」は諦めて、それでも「ずっと」を選ぶか?
という2択になる。
経済的に余裕があり、前者を選択できるのであれば話は早い。
しかし、後者の場合、そこにはどのようなロジックと言うか「自分を納得させるための理由」があるのだろうか?
これに関しては「良くも悪くも、がんは結論が早い」という点がある。
がん治療の実際としては、7,8割の方は「あっけないくらい簡単に終わる」
がんです。と宣告されて、当人はショックを受けるが、人間ドックなどが広まっている現代では極めて初期で発見される場合が多く、ほとんどが「手術でパッと取って」、「1,2週間入院する」だけで治療が完了する。
予後のために、念のため抗がん剤治療などを行うこともあるが、それを含めても1ヶ月程度だろう。
1ヶ月程度であれば、ほとんど収入が落ちないだろうから、別に就業不能保険の必要はない。
しかし、2,3割の方はがんが進行していたり、なかなか難しい場所にあったりして、外科的な手術が出来ない、もしくは外科手術+抗がん剤治療を必要とする。
こうなると長くなるので、収入が低下し、こんなときこそ就業不能保険の出番となる。
だが、これも「長い」とは言え、そこまでではない。
まず、治るのであれば半年、1年で治る。
そして治らずに「何とか月イチの抗がん剤でがんの進行を止めている」ような場合でも、もって1,2年というところだろう。
もちろん4年、5年と状態を維持できることもあるし、老人などの場合、がん細胞の進行も遅いので、10年近く生き永らえることもあるにはある。
ただ、このような方はかなりのレアケースで、99%は1,2年で生死の決着が付く。
悲しいかな、これが現実でもある。
そうなると、がんによる就業不能保険の「実情」は、こうも考えられる。
わずか1,2年、毎月◯◯万円(10万円など)を受け取るだけ(かなりの高確率で)
と。
毎月10万円は1年で120万円、2年で240万円である。
つまりは、この金額を「諦められるか?」ということがポイントとなる。
しかし、筆者自身は「ずっと」タイプががんに弱いという点は、大きなデメリットだと思っている。
就業不能保険は、その給付もさることながら「保険が支えてくれている」という心強さが最大の魅力であり、実際にこのような状況になった時「貰える」のと「貰えない」のでは精神的なダメージが天と地ほど違うだろう。
そういう意味では、「ずっと」タイプに加入するのであれば、保険料が高くても、がんの初期段階から給付してもらえる商品の方が良いかもしれない。
4 結局、何が良いのか?
「働けない間だけ」プランと、「ずっと」プラン。
どちらも障害等級1,2級というクリティカル(致命的)な状態であれば、満期まで(65歳など)受け取れる。
その他の病気などの場合、「働けない間だけ」プランは、入院中+自宅療養も対象となるが、「ずっと」プランでは対象にはならない。
そうなると、合理的に考えれば「働けない間だけ」プランの商品の方が良い、ということになる。
但し、「ずっと」プランでも保険料が高いものでは、入院や自宅療養でも対象となるものもあり、しかも、こちらは一度対象になれば「ずっと」受け取れる。
例えば、
がんで数ヶ月治療を行い完治した
こんなケースでは、以後、60歳とか65歳まで毎月給付金を受け取れるので、一財産築いたようなものだろう。
反面、「このケース」が唯一、「ずっと」プランが「働けない間」だけプランに優れているだけとも言える。
また、必要性という観点からも「別に治っているなら、その後の毎月の給付はいらないのでは?」ともつっこめる。(もちろん貰えれば嬉しいが)
以上のような考察から、当サイトでは原則的には「働けない間だけ」プランをお勧めしている。
だが、保険料が負担できるのであれば「ずっと」プランで入院、自宅療養もカバーしているものも保障内容としては悪くないので、こちらにも高評価を与えているケースが多い。
以上、就業不能保険の総論。
かなり個々人によって考え方が異なる分野の商品なので、本コラムを参考として頂ければ幸いだ。